函館が国際港湾都市として発展するきっかけとなったのが1854年の日米和親条約に基づく開港、そして徳川幕府により蝦夷地統治と防衛、外交の拠点としてヨーロッパの城塞都市をモデルに五稜郭が築造されて、箱館奉行所が函館山麓から五稜郭に移されたのが1864年で、今年がちょうど150年という節目の年にあたり様々なイベントが催されています(写真はそれらの中から、幕末見廻隊と箱館戦争抜刀隊)。
五稜郭の150年は箱館奉行所と戊辰戦争最後の戦いとなった箱館戦争を抜きにしては語れません。幕府崩壊により奉行所が明治新政府に引き継がれ箱館府として開庁されたのが1868年、箱館戦争に際しては旧幕府軍により1868年10月から翌69年5月まで五稜郭が占拠、そして箱館が北海道の政治の中心としての役割を終え奉行所の建物が解体されたのが1871年でした。大きな時代の流れの中で箱館奉行所は僅か7年で歴史の表舞台から消え去り、それからおよそ140年の時を経て2010年に復元整備されました。
旧幕府軍のトップで蝦夷地仮政権の総裁、榎本武揚の「蝦夷島共和国は 夢のまた夢」、最後の幕府軍、この五稜郭に散る!



